学校
大震災を乗り越えたまちを支援
学校体育館に安全合わせガラス
- 立地
- 宮城県石巻市
- 建築形態
- 鉄骨造
- 工期
- 2018年8月(1日間)
宮城県 石巻市立蛇田中学校体育館
東日本大震災でもっとも大きな被害を受けたまちのひとつ・石巻市。避難所として約400人もの住民を守った市立中学校の体育館に安全合わせガラスが寄贈された。市民の高い防災意識とうらはらに、入れ替えられたガラスの性能はいまだ知られていないという。多発する災害を免れ得ないこの国の安心安全に寄与する防災安全合わせガラスを、より一層周知普及していかなければ…地域を担うガラスプロショップの熱い思いも込められた事例を紹介する。
1 未曾有の災害から立ち上がり、復興を続ける石巻
石巻市は、仙台市に次ぐ宮城県第二の都市です。
豊かな海と森に囲まれ、縄文時代から長く人が住んできた歴史ある地で、中世から江戸期にかけてはリアス式海岸の豊かな漁業資源や伊達藩による大規模な新田開発、獲れた御用米を江戸まで運ぶ北上川の舟運とで繁栄を極めました。
2011年3月に起こった東日本大震災で未曾有の被害を受けたのも、このまちです。津波は港湾部を破壊し、市内を流れる北上川や旧北上川を遡上して、内陸部にも建物の損壊や大規模な浸水など甚大な被害をもたらしました。
3,500人を超える犠牲者と約57,000棟もの建物被害。避難や離散を強いられ、多数の市民が日常を奪われる日々が長く続きました。
そんな状況から立ち上がり、今も復興を続ける石巻市を「防災に対する意識が高いですね」と、市内ガラスプロショップの赤岩秀晃さんは評します。
同じ被災地であっても他の自治体ではエリアによって温度差がある。住む地域に関わらず市民が高い防災意識を共有するまちにこそ、安全合わせガラス寄贈は生きるのではと語りました。
2 寄贈の決め手は周囲への効果と施工のしやすさ
機能ガラス普及推進協議会から安全合わせガラス寄贈の話が持ち上がったのは、2018年のことです。
同協議会メンバーのひとり、仙台市でガラスプロショップを営む山田光彦さんから、石巻唯一の宮城県板硝子商工協同組合会員ガラス店として声がかかった赤岩さんが、市内を駆け回って候補対象を探索しました。
条件として設定したのは
・建物のロケーション
・周辺の人口動向
・防災ガラス設置による効果 等
です。
そして白羽の矢がたった蛇田地区は、震災後に復興公営住宅建設地となり、その後も新興住宅地開発が続けられている市内有数の人口増加エリア。
蛇田中学校は震災前も現在も指定避難所で、いざというとき市民を守る砦として大きな存在感を持っています。安全合わせガラスによる性能向上は、そのまま地域の防災力アップにつながるとの考えでした。
学校と地域が連携する防災連絡会もあり、蛇田中学校教頭の菅野修一さんは「毎年、市民を招いて防災訓練を行なっています。子どもたちには発災時の振る舞い方から、避難所の設置や炊き出し訓練などにも取り組んでもらっていますよ」
迅速な工事が可能か否かも考慮されました。
学校体育館といえば、日頃の授業や部活以外にも地域への開放などで使われることも多く、稼働率の高い施設です。
さらに本寄贈事業の工事は地域のガラスプロショップによるボランティアが基本で、短い工期が大前提。施工のしやすさは重要なポイントになるのです。
3 計画から工事完了まで数ヶ月。ガラスのプロと自治体の連携
今回の工事では140枚の窓が安全合わせガラスに交換されています。
既存サッシはそのまま生かし、シングルガラス部分のみを入れ替える施工です。校舎と隣り合う壁面にある網入ガラスの窓や、すでに強化ガラスが入っている窓は対象外としました。
4 今こそ“一般化”が求められる、防災安全合わせガラスのチカラ
工事完了後に蛇田中学校に異動された菅野教頭に、現在の安全合わせガラスの効果や影響についてのお考えを尋ねました。
「災害への備え以外にも、学校の日々には危険がいっぱい。部活や授業でぶつかってもこわれないガラスは、生徒の安全・安心を守ってくれる存在だと思っています」
同じく工事が終わった後に石巻市教育委員会学校管理課に異動となった早坂裕樹さんは、安全合わせガラスの機能・性能に関し、災害時のガラス破損が少ないことのほかに学校の安全面で大きな懸念となっている“日中の侵入事案”に対する効果にも言及。
「省エネなどの観点も加えれば、“防犯断熱合わせガラス”のようなものが理想と思います」実際に学校で採用するには汎用性や費用対効果が必須ですが、と付け加えました。
もうひとつ、話題になったのが“防災安全合わせガラスの一般化”についてです。
早坂さんは「今回の工事で、市民がどれだけこういったガラスについて理解してくださったのかはわかりません。一般の方々にもっと性能をアピールしていけば、他の施設にも普及していくのでは」と話します。
公共施設の設計や改修にあたって、自治体では「防犯・断熱・防災。どの性能を求めるか、どこに特化していくのかを考えなければなりません」
自治体に仕事を託す市民の理解こそ、性能ひいては採用されるガラスそのものの決定を左右する要素になり得る、ということなのでしょう。
とくに災害時に威力を発揮するガラスは「何か起こらないと効果が体感できない。そこが難しいところです」と、こちらは赤岩さん。
寒さや暑さの軽減効果を直接感じられる断熱ガラスとの違いを指摘しました。
山田さんは「本来、学校って安全でなければならないですよね。窓ガラスの性能についても、国などがモデルケースを作ってそれをベースに予算を決めて導入していくとか。
強度以外にも紫外線のような有害物質を遮断するUVカット性能なども含めて考え、周知普及していくことが必要ではないでしょうか」
2024年現在、国内公立学校の環境整備は耐震化率やエアコン設置率においては、ほぼ9割が完了しました。
その一方で、文部科学省が旗を振ってきた学校長寿命化計画に代表される総合的な機能・性能向上は、建築コスト拡大等を主とするさまざまな要因によって、相当な遅れを見せています。
限られた予算を念頭に、建物や周囲の状況・環境に対して必要とされる性能が何なのかを見極める…それには建材そのものが持つ機能・性能の熟知が大前提のひとつでしょう。
情報の受発信・共有こそ、今もっとも求められているにちがいありません。
- 取材日
- 2024 年10 月28 日
- 取材・文
- 二階さちえ
- 撮影
- 小田切 淳