学校
災害時はいちばん安全・安心な場に
学校体育館に防災安全合わせガラス
- 立地
- 岡山県備前市
- 建築形態
- 鉄骨造
- 工期
- 2021年3月(2日間)
岡山県 片上小学校体育館
六古窯の里・備前市で150年の歴史を誇る小学校が、自治体指定避難所である体育館に防災安全合わせガラスを導入。2007年に建て替えたまだ新しい建物をなぜ防災改修したのか。災害時に住民を守る最後の砦である避難所で窓が備えるべき性能に、その理由があった。
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全国の避難所の5割が学校体育館。
防災・安全対策は待ったなし
増え続ける自然災害を実感する時代です。
気候変動による台風の大型化や豪雨、干ばつなどのほか、環太平洋火山帯上にあって4つのプレートが足下に集まる日本列島は、地震や津波も加えた世界屈指の災害危険エリア。防災対策はもはや待ったなしと言わざるを得ません。
建築用ガラスの生産・流通・販売に関わる7団体でつくる『機能ガラス普及推進協議会』の調査では、国内に約6万7000ある一般避難所の半数を公立小中高等学校が担っているといいます。
これは『学校体育館は、災害時に一番安心できる場所のひとつであらねばならない』ことを意味します。
2 ガラスのプロが地元に提案した防災安全合わせガラス
岡山県備前市の片上小学校は、体育館のガラス窓を災害に強い“防災安全合わせガラス”に交換しました。
防災安全合わせガラスは2枚のガラスの間に合成樹脂の膜をはさみ、全体を圧着しています。ものがぶつかっても貫通しづらく、もし割れても破片がほぼ飛び散らない安全性の高い機能ガラスです。
片上小の体育館は市の指定避難所で、災害時は3000人が一時的に避難し、復旧に時間がかかる場合は約300人の避難者の生活空間にもなります。
防災拠点となる市役所にも近く、重要度の高いこの施設の窓改修工事は2021年。ガラスの流通・販売・施工に携わるプロフェッショナルが取り組む“安全なガラスの普及活動”がきっかけでした。
その経緯は2020年まで遡ります。
岡山市内のガラスショップ『ADF・アヤベ』の綾部系一さんは「その年の6月、避難施設で発揮される防災安全合わせガラスの力について市町村の方々にPRしに行きたいのですがと、地元の市議に相談しました」と話します。
その動きに、機能ガラス普及推進協議会が2017年から続けてきた公共施設向けのガラス寄贈活動が合流しました。
取組を聞いた市議が備前市につなぎ、白羽の矢が立ったのが片上小学校です。備前市教育委員会の甲矢英向さんは「指定避難所である体育館にうってつけだった、と当時の担当者から聞きました」。
その後の現地調査や日程調整など、片上小学校の渡邊 誠教頭も参画して、計画はスピーディに進められていきます。
工事に手を挙げたのは、岡山・兵庫・大阪・京都・奈良・和歌山と2府4県のガラスプロショップが構成する『全国板硝子商工協同組合連合会近畿地区本部』組合員の面々でした。
計17のガラス店から「のべ40~50人の職人が関わりましたね」と話すのは、地区本部長の大村宗一郎さん。綾部さん、そして岡山硝協理事長の西出隆紀さんとともに事業を引っ張ったキーパーソンです。
自治体と学校とガラス店。異業種同士しかも大勢が県をまたいで連携・情報共有するのは簡単ではなさそうですが、電子メールを駆使し見事にクリアしました。「なかなかつかまらない私でも、大丈夫でした」と渡邊教頭はにっこり。
3 実は危ない網入りガラス 130の窓を2日で改修
工事は2021年3月、卒業式を終えて学校が春休みに入り、入学式を待つ時期の2日間で実施されました。それ以前に行われた現地調査やガラスの採寸も、平日1日ですませています。
渡邊教頭は「当初は一週間はかかる“大工事”だと思っていました」。134枚のガラスを換えると聞けば無理もありません。しかし実際のガラス交換工事は、関わる人数にも寄るものの多くは数日で終えられるのです。
では、片上小体育館のガラス窓の実際を見てみましょう。
2007年に建て替えた館の内部は南面と北面の2階部分にギャラリースペースがあり、大きな窓が並んで採光・換気しています。明るく風通しのいい体育館です。
が、発災時にガラスが割れれば大変なことになるのは明らか。
現地調査を担当した西出さんは当時の印象を「ガラス屋としては“何か飛んでくればすぐ割れるガラス”とわかりますから、もし避難しても怖くて窓の近くには行けないなあ、と。でも普通の人は割れる瞬間までわからないですよね」と振り返りました。
危ない要素はまだありました。使われていたのが“網入りガラス”だったのです。
「網入りガラスはワイヤーが入っている分、普通のガラスより薄くて割れやすいのです。まだ新しくてもったいなかったけれど、やはり換えてよかったと思います」と西出さん。
4 子どもたちに防災&キャリア教育 ガラスのプロには貴重な経験
防災安全合わせガラスによる窓改修で、指定避難所としてぐんと安全度が増した片上小体育館。
災害時に頼りになるのはもちろんですが、この事業がもたらしたメリットはそれだけではありません。
今回の工事に合わせ、機能ガラス普及推進協議会は“防災の出張授業”を行いました。
片上小学校に通う児童を対象に、防災安全性能を高めた機能ガラスに関するレクチャーのほか、実際にハンマーを握ってもらってのガラス破壊体験も。日頃とは違う”ガラスに特化した授業”について、渡邊教頭は「やってよかった。子どもたちにさまざまなことを知らせることができました」と笑顔で話します。
日頃から防災学習は行われていますが、安全性の高いガラスがあること、そもそもガラスには種類があること、そのための技術開発や施工といったさまざまな仕事が社会には存在することまで網羅した授業が「子どもたちにとってのキャリア教育になった」というのです。
あたりまえの存在だった窓ガラスに向ける新しい視点が提供された、ともいえるでしょう。
備前市教委の甲矢さんからは、平常時についての所感もありました。
「通常の体育授業で子どもたちがガラスにぶつかっても安全になったところも、よかったですね。それに加えて片上小の体育館は、地域の生涯学習・社会体育の場としてのニーズが増えているのです。成人のフットサルのように激しいスポーツが行われるときにも安心できます」
防災安全合わせガラスは何かがぶつかっても割れづらいのが最大の特徴。災害時の飛来物だけでなく、スポーツや移動時の“生身の人間”を守るために有効なのはいうまでもありません。
ガラスのプロたちにとっても、今回の事業は得がたい経験になったといいます。
あちこちから集まった施工メンバーは資材搬入・養生時から組分けされ、若い職人と経験豊かなプロとが入り混じる協働体制がつくられました。
「工事初日は雨風が強かったので、まずはベテランが若手に例を示しながら『安全にやろう』と。防災安全合わせガラスは重いですから」と大村さん。
綾部さんも「よその仕事の仕方を見られる貴重な機会でもありましたね。京都から参加してくれたガラスショップのメンバーも『経験値として勉強してこい』と言われてきたそうです」とうなずきました。
さらに大村さんは“プロとしての意識改革”についても言及。
「ガラスはガラス屋にしか扱えないので、どこかで割れたらまず行かなきゃならない。商売だけでなく社会貢献の面があるのです。でも残念なことに、割れ換えだけなら行きたくないと考えるガラス屋もいる。そんな人にも『我々の仕事には社会性があるんやで』と知ってほしいですね」
出張授業において素材や業種という視点でも語られたガラスは、数ある建材の中でも強い独自性を持つ存在です。それらを扱うプロの職能が背負う社会的な使命を業界内部にもっと伝えたい。そんな思いをかみしめるような、大村さんの言葉でした。
5 見えない危機に目をこらし未来に向けた対策を
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が2021年に出した報告書は、温室効果ガスの排出を大規模に減らさなければ今後20年間で世界の平均気温が1.5℃またはそれ以上に上昇すると警告しました。
海面の水温が上がるほど台風は大型・猛烈化し、頻繁に上陸する可能性も高まります。地球温暖化防止は最優先の課題であると同時に、自治体防災もまた一層の充実が求められるでしょう。
今回の改修はガラスの寄贈を受けての工事でしたが、本来は自治体の限られた予算をもとに行われる防災事業です。
それを念頭に、大村さんは「学校体育館の窓ガラスは大抵130枚前後で、ほぼ500万円で防災安全合わせガラスに交換できます。毎年1校分を予算編成時から組み入れれば進めて行けるんですよ」プロからの提案です。
それを受けた甲矢さんは「防災設備は実際に被害が出ないと効果がわからないのが、予算面でハードルが高くなる理由だと思っています。避難者数や生徒の人数、立地の特徴など、数値や具体性をもって議会で説明することで説得力を持つのでは」と話しました。
海に囲まれ、豊かな山や川を持ち、世界有数の温泉に恵まれる日本列島の環境は、常に災害とも隣り合わせです。
まだ見ぬ未来の危機をイメージして行動へと移していく。私たちみんながこれまで以上に意識し、身につけていくべき能力ではないでしょうか。