学校
地震が来たら「体育館に入ろう!」
防災安全合わせガラスがもたらす安心
- 立地
- 大阪市旭区
- 建築形態
- 鉄骨造
- 工期
- 2020年10月(4日間)
大阪府 大阪市立今市中学校体育館
大阪市内の中学校に強いガラスがやってきた。傍に淀川の堤防が走る体育館は、地域の一時避難所に指定されている。もしものときに皆が集まる場が一番安全であるように…教育とガラスのプロが手を携え、頭上に並ぶ200枚の窓ガラスをすべて防災安全合わせガラスに交換した。
1 安全なはずの避難所の窓が割れたらどうなる?
2024年の幕開けに起こった能登半島地震は、私たちの国に時を選ばず訪れる災害の危険性を改めて思い出させました。
発災時、学校をはじめ地域の公共建築が避難所となるのはすでに常識ですが、一方でその重要な役割を担う建物の防災対策が意外に遅れていることは、残念ながらあまり知られていません。
「全国で指定されている避難所のうち、災害に強いガラス窓が採用されているのは2.6%で、99%は普通のガラスが入っています。これはあまりにもよくない状況」と話すのは、大阪府板硝子商工業協同組合(大硝協)の辻 良明さん。
ガラスのプロとして地域防災に寄与すべく、2017年に防災安全合わせガラスの普及活動を始めた先駆者です。これまでに奈良や岡山、和歌山など、各地で避難所となる学校施設のガラス改修に携わってきました。
今回ご紹介する、大阪市立今市中学校の防災改修もその活動の一環。機能ガラス普及推進協議会が取り組む寄贈事業に協力する形で、地元・大阪の学校体育館に防災安全合わせガラス200枚を施工したのです。
この事業にはさまざまな人々が関わっています。
主体としての機能ガラス普及推進協議会や大硝協のほか、工事担当として名乗りをあげた全国板硝子商工協同組合近畿ブロック会員の有志、さらには大阪市会の議員までが参画。
2 瓦が飛んできても貫通しないガラスに総入れ替え
今回、既存の普通ガラスと入れ替えられた“防災安全合わせガラス”は、2枚のガラスの間に合成樹脂の膜が挟み込まれたガラス。外側から何かが激しく衝突した際に貫通しづらく、割れても破片が飛び散りにくい性質があります。
台風などの暴風時に瓦などの飛来物が飛んできたり、スポーツや体育の授業でボールや人が強くぶつかっても大事に至らない、安全性の高い機能ガラスです。
学校体育館のように避難所に指定されている施設では、災害時に市民が身を寄せる場として“最低限の居住性と安全”の保持が求められるのは自明でしょう。
にもかかわらず、大型の台風や地震災害で避難所の窓ガラスが割れ、破片が飛び散ったり雨風が吹き込んで使えなくなった例は過去にいくつもあります。災害に遭った人々を守る最後の砦としてできる限りの安全性を追求する。防災安全合わせガラスはその一翼を担う性能を備えたガラスなのです。
3 テスト期間中に素早く工事 短い時間で安全に
工事は2020年10月に実施されました。学校での工事といえば夏休みや春休みなど、長期休業期間で行われるのが定番です。しかし関係者間で打ち合わせを重ねて決まったこの日程は「中間テストの期間でした」と赤坂校長。
午前中で下校となるこの時期を狙い「生徒さんの登校後にトラックを体育館近くまで乗り入れ、工事用資材を館内に入れて、すぐに撤収しました」と話すのは、現場で工事の指揮をとった大硝協の大村宗一郎さん。これなら子どもたちに危険はありません。
延べ約50人のガラスのプロによる工事は、最終日の後片付けも含めて4日間で完了しました。
体育館の上部に並ぶ窓に入っている200枚のガラスを一気に入れ替える施工でしたが、いくつかの条件から「やりやすく、コストも抑えられました」と大村さんは話します。
4 危ない時は体育館へ! どこより安全な場が誕生した
防災安全合わせガラスによる体育館窓の改修は、生徒たちの防災意識向上にも役立っています。
工事完了後、機能ガラス普及推進協議会は出張授業を行いました。
今市中学校の1年生約140人に向けてこのガラスの安全性について話すとともに、その強さや特質を体感してもらおうと、普通ガラスを含めた4種類のガラスをハンマーで思い切り叩き割るという“得難い体験”をも提供したのです。(ヘルメット・ゴーグル・手袋等の保護具を着用し、安全面に配慮して実施)
生徒たちの評判は上々で、授業後には「安心して部活ができる、ありがとう」といったコメントも多く寄せられました。
「講義や映像だけでなく実際の体験ができ、子どもたちにとっても良かったです」と大西先生が振り返りました。
今市中学校ではほかにも防災教育に力を入れており、大学教授を招いての授業や、地元・旭区で大地震が発生した際に何が起こるかをワークショップ形式で具体的に考える授業を行ったりしています。
今市中学校の小林愛姫先生には“発災時に本当に必要なものをグループで考え、紙の上で防災袋をつくるワークショップ”を紹介していただきました。
「学校の立地に合わせて状況を考える、そういった教育になっていると思います」
今市中学校のすぐ北には淀川が流れています。その水面はグランドよりも高い天井川で、河川敷と街区の境には高さ10mの堤防が続いているのです。
万に一つであっても、いつか淀川が決壊するかもしれない。こんな周辺環境をも踏まえて地域防災をリアルに考えていく…防災安全合わせガラス導入もまた、その一環になり得ているかもしれません。
今回の改修でもっともよかった点を問うと、赤坂校長は“安心感”を挙げました。けれどもそれは単に「ガラスが割れにくくなった状況」への感想ではありません。
「大きな地震などの災害が起きると、学校ではまず生徒全員がグランドに出ることになっていますが、その後に「危ないから体育館に入れ!」と言えるようになったんですよ」
教室よりもどこよりも、確実に安全なところがある。その大いなる“安心感”。
辻さんと大村さんは異口同音に「この言葉がありがたい」と破顔一笑しました。危ない時は体育館へ。生徒たちへの愛に満ち、かつ防災安全合わせガラスの役割を象徴する、合言葉が生まれたのです。