学校
防災安全合わせガラスが守る
いつもの学校、日常の安心
- 立地
- 三重県松阪市
- 建築形態
- 鉄骨造
- 工期
- 2023年7月24日~8月9日
三重県 松阪市立機殿小学校体育館
学び舎の日常に安心が広がる…体育館の窓に入った割れづらいガラスは、災害時の避難所環境を安全に保つのはもちろん、体育の授業中に地震が起こっても破片で怪我する心配が少ない。こわれない=日常が保たれる。何があってもいつもの学校環境を守って教育を止めない…子どもたちへの熱い思いに応えるのも防災安全合わせガラスの仕事だろう。
1 耐震ブレース設置済の状況で窓ガラスを交換する
横に長い松阪市の東端、一級河川・櫛田川と伊勢湾にはさまれた機殿(はたどの)地区は緑濃い穀倉地帯です。この地で100年を超える歴史を持つ機殿小学校を訪ねました。
「現在の児童数は39名、給食や用務に携わる者も含めて職員は13名。小さな学校ですよ」と、笑顔で迎えてくれたのは菊森実成校長です。
1982年に建てられた同小の体育館は昨年、開口部の防災改修が完了しています。窓のガラス約300枚を機能ガラス普及推進協議会が寄贈した防災安全合わせガラスに交換し、高い防災性能を獲得しました。
改修のきっかけを「自治体向けの情報ウェブサイトに掲載されていた寄贈事業を見つけました」と、松阪市教育委員会事務局の鈴木吉紀さんは話します。
市では令和7年までを目処に市内公共施設の防災強化が進行中で、機殿小学校体育館も建物構造部は耐震化済。さらに内装や照明など非構造部材の耐震工事を予定していた時期に寄贈活動を知り、応募となりました。
「市から連絡を受けたときは、子どもたちの安心安全につながるとありがたかったです」学校側の責任者を務めた松井研吾教頭は当時をそう振り返ります。
中心となって工事を行ったのは、全国板硝子工事協同組合連合会東海支部の会員である釜屋硝子建材(株)の岡島英樹さんでした。
学校が夏休みに入る7月24日から8月9日の工事完了までほぼ毎日、同小に通って施工に取り組んだ岡島さんいわく、現場にはいくつかの“想定外の要素”があったといいます。
体育館などのガラス取替工事は通常、窓際につけられたキャットウォークの空間を使って内側から古いガラスをはずし、新しいものにつけ替えていきます。
しかし今回の工事は、外側に足場を組んで行われました。
「体育館の窓は、障子が外側にしか取り外せない古いタイプのものでした。
無理をすれば室内からの工事もできなくはないのですが、取替枚数が多く、耐震ブレースも入っていて、さらにキャットウォークの手すりが低いので作業中に転落する危険性も。それらを考慮して室外からの施工としました」
さらに運動場側の窓には防球ネットが張られていて「それらも全部はずし、作業はそこからでした」
耐震ブレースもネットも、学校体育館ではとくに珍しくはありません。
しかし窓ガラスの改修においては工期や予算に直接関わってくる可能性がある要素です。チェックポイントとして頭に入れておくとよいでしょう。
ガラスの交換改修では、サッシに注意する必要もあります。
市教育委員会事務局教育総務課の阿部優樹さんは「既存サッシを利用するので、古いものより重くなる新しいガラスで戸車は大丈夫だろうかと少し心配でした」と当時の懸念を話してくれました。
幸いとくに問題なく開け閉めできていますが、一般に戸車は窓まわりでもっとも傷みやすい部品のひとつ。工事完了後も留意しておきたい部分です。
2 工期は夏休み限定。学びに支障のない工事を
防災安全合わせガラスは、2枚のガラスの間に合成樹脂の透明な中間膜をはさみ、全体を圧着してつくられています。
外からの衝撃に強く、台風時に飛来物がぶつかっても破損しづらい耐貫通性にすぐれたガラスで、万が一割れても破片はほとんど飛び散りません。
災害時はもちろん、防犯性も備え、メンテナンスも不要な機能ガラスです。
一方、防火設備認定品ではないので、採用する建物の状況はしっかり確認する必要があります。
鈴木さんは「市内にある小学校の建物をそれぞれ調査し、最終的に機殿小学校への導入が決まりました」と振り返りました。
その後、計画は教育委員会と機殿小、機能ガラス普及推進協議会の三者の連携で進められていきます。電話やメールによる情報共有のほか、直接顔を合わせてのミーティングも複数回行われました。
松井教頭に、学校側の要望は? と問うと「やはり工事日程ですね。教育活動に影響のない夏休みに、とお願いしました」
ここで関係してくるのは、子どもたちの授業だけではありません。
機殿小学校では土日に体育館やグラウンドを開放し、地域の社会教育団体などが使用できるようにしています。
「バレーボールなどで日頃体育館を使っている方々に、一時的に使えなくなると連絡する必要がありました」と松井教頭。
3 子どもたちに伝える、災害に負けない“強いガラス”
取材では、機殿小学校の主役である児童のみなさんにもお話をうかがいました。
集まってくれた6年生4人に、この地域で起こり得る大きな災害は何かと問うと、返ってきた答えは「津波と洪水」。
伊勢湾台風の歴史から「台風」の回答を予測していましたが、西を流れる櫛田川はかつて台風由来で何度も氾濫しており、田畑や家屋に被害を与えた地域の記憶こそが身近なのかもしれません。
学校での訓練のほか、自宅で発災した際の避難先もみんなきちんと把握しています。
「おばあちゃんの足が悪いので、学校校舎と体育館のどちらに避難するか家族で考えています」と、優しく切実な思いを聞かせてくれた子も。
彼らは、工事完了後に機能ガラス普及推進協議会が行った出張授業にも参加しています。レクチャーを聞き、さらに児童代表によるガラスの破壊実験を目の前で見ての率直な思いを聞きました。
ガラスについては「強かったり色がついていたり、模様があるなどいろいろな種類のガラスがあることは知っている」とのこと。さらに「防火ガラスもある」との声が上がりびっくりさせられる場面もありました。
4 いつもの授業、日常の学び舎にこそ安心を
防災安全合わせガラスの性能が子どもたちにも伝わっていることに安堵した取材となりました。
しかしその後「災害を体験していないので、安全の実感はない」「実際に災害が起きてからでないとわからない」「もちろん安心感は増すが、効果は発災しなければわからないのでは」といった言葉も次々と語られていきます。
『天災は忘れた頃にやってくる』の有名な警句を引くまでもなく、日頃は見えない、けれどいつ起こるかわからない自然災害を意識し続ける難しさをまのあたりにする思いでした。
けれど諦めずこれと向き合い、想像する力を養っていくことは、教育現場のみならず災害多発地帯である日本列島に生きる私たちにとって、まさに必須事項ではないでしょうか。
さらに松井教頭は語ります。
「この改修で得られたのは“日常的な安心”だと思っています。例えば普段の体育の授業中に地震が起こってガラスが飛び散ってしまったらと考える不安の方が、大災害の発生よりもやはり大きい。また、災害下で体育館が避難所になっても、ガラスが割れたりしなければ避難解除後すぐ日常に戻れます。いつもの教育活動に戻せることに、安心感がありますね」
発災時は避難所になるのが当たり前となった学校施設。けれどその根底には、常日頃から子どもたちの安全を真っ先に願う先生方の思いがあります。
災害など思うこともない何気ない日常を透明な姿でひそかに支える。それもまた防災安全合わせガラスの使命に違いありません。